ユング心理学はオカルティック!

 こんにちは、沙耶です。以前の記事で無意識の理論の始まりとしてフロイトの心理学を紹介しました。そして、フロイトには有名な弟子、ユングがいます。ユングはオカルティックな事象についても論理的に説明しているので、現代オカルティズムを語る上では欠かせない存在です。

人の心をタイプ分け?

 三大心理学と呼ばれている心理学があります。以前紹介したフロイトと、今回紹介するユング、そして「嫌われる勇気」で話題になったアドラーです。フロイトとアドラーは同僚として研究していました。フロイトは外部の環境によって「自我」が変化していくと考えましたが、アドラーは外部の環境は重要ではなく内部の心がどのように動くかが重要であると考えました。

 ユングはフロイトとアドラーの考えから、「フロイトのように外部のことを重要視する人もいれば、アドラーのように内部のことを重要視する人もいる」と考えました。このことから人の心を「外向型」「内向型」という二つのタイプに分けました。最終的には「思考型」と「感情型」、「感覚型」と「直感型」のように分けて8つのタイプに分けるタイプ論を提示しました。もちろん全員がどれかのタイプに当てはまるというわけではなく、中間であったり、やや外向型より、ということもあります。

心の中から外へ?心の外から中へ?

 外向型は、環境から五感によって感覚を受け、それがイメージとなり感情や思考となります。ユングはこの方向とは逆方向にも進むことがあると考えました。つまり、心の中の感情や思考がイメージとなり五感による感覚となるということです。最もよく起こる例がです。夢は環境によって起こるものではなく、心によって起こるものですよね。

外部から内部への方向を前進的、内部から外部への方向を退行的と呼びます。前進的な方向へ進むことによって環境を受け入れ、退行的な方向へ進むことによって感情や思考を外部へ表します。フロイト的に言えば前進的な方向は現実原則に従う方向であり退行的な方向は快楽原則に従う方向なので、外部は現実の世界、内部は快楽の世界になります。

しかしユングは違います。ユングは外部に世界があるのなら、内部にも世界があるだろうと考えました。そして外部の世界と内部の世界の間に感覚を受け取りイメージにするものが存在するのです。この考え方が後々の時代に神秘学として影響していきます。

物理と心理だけじゃない

 これまで唯物論と唯心論を取り上げて来ました。唯物論は「心は物の動きである」という考え方であり、唯心論は「物は心のイメージである」という考え方です。しかし、そもそも物理と心理の二つに分けてしまってもいいのでしょうか。

 神秘学では、の3つに分けます。ユングで言えば、外部の世界中間内部の世界です。体から得た感覚が魂でイメージになるように、霊から得た感覚も魂でイメージになります。体から得た感覚は視覚、聴覚などの五感ですが、霊は内部の世界なので表面的なものではなくもっと本質的なものが感覚になります。哲学者であり霊能力者であるルドルフ・シュタイナーは、「花の美しさは花の持つ本質であり、花を見たときに感覚として起こる霊的感覚である」としました。

パラレルマインド理論に向けて

 過去の記事で紹介したパラレルマインド理論を体魂霊の3つに分けて考えてみます。

 まず可能世界論について考えます。可能世界論は物質的に干渉することはありません。つまり体の感覚では知覚することはできません。一方、可能世界は「もしもこうだったら」という世界なので正確に想像できます。つまり、霊の感覚では知覚することができます

 次にキリスト教文化に仏教が入ったことで起こった西洋化仏教の思想を考えます。そもそも体魂霊の3つに分ける考え方はキリスト教グノーシス主義によって始まりました。これによると神を認識するのは霊になります。つまり「正しい信仰によって世界が変わる」というのは「正しい霊の感覚によって世界が変わる」と言い換えられます。一方、仏教での認識するもの(アートマン)はのことで、認識されるもの(ブラフマン)はです。つまり、梵我一如(認識されるものと認識するものは1つ)というのは「体、魂、霊は同一」ということになります。このことから、「意識が変われば世界が変わる」という引き寄せの法則の考え方は「霊の感覚が変われば体や魂も変わる」と言い換えることができます。(ちなみに仏教では世界の法を認識する「意識」という感覚があり、これが霊の感覚だと言えそうです。)

 よってパラレルマインド理論について次のように言うことができます。パラレルワールドは快楽原則の先にある本質的な世界の感覚「」によって知覚することができ、知覚した世界によって物質的な世界「」、感覚をイメージにするもの「」を変えることができるのです。

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