どうやって魔法を使うの?

 こんにちは、沙耶です。過去の記事で近代魔術に触れ、それがアブラハム宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)の影響を受けていることを紹介しました。その記事において今後の魔術の研究方法について疑問が挙がったので紹介したいと思います。
あんだま
そういえば、沙耶氏の記事で新プラトン主義の一者をヤハウェと同一視している時点で破綻しているってどういうこと?
唯一神の信仰?がないと、キリスト教的な魔術体系が破綻するってところで躓いてる
沙耶
キリスト教の考え方がフィクションに基づいてるから、フィクションとしての魔術はできるけどそれ以上はないってだけだよ
喚起魔術で天使を召喚するにも、そもそも天使なんていないし
あんだま
なるほど…
ヤハウェと一者は別物?
沙耶
別物というか、ヤハウェがいないというか
あんだま
ヤハウェがいないw
沙耶
私クリスチャンじゃないもんw
 別に宗教を否定するつもりはありませんが、少なくとも多くの日本人はヤハウェの存在が前提となっている理論を受け入れづらいと思います。もちろん西洋魔術をそのまま取り入れている日本人もいますが、なかなか難しいのではないでしょうか。
あんだま
日本人にはクリスチャンみたいな生活の母型にはまってる信仰のようなもの探して魔術の手続きを考えなきゃいけないのね
探せば何かありそうな気もする
沙耶
日本人って何信じてるんだろう
あんだま
日本人だからこそ日本的な何かに気が付きにくいね
沙耶
当たり前だと思ってる事だもんね
あんだま
文化感覚距離っていうのは聞いたことある?
沙耶
知らない…
あんだま
日本人って数を数える時に右手だったら、親指から折ってくじゃん、でもアメリカ人は小指から折って数えるらしいのね
これは文字の文化が影響してて
縦書きの日本語は右から書くけど、英語は左から書くじゃない、無意識に刷り込まれてる文化感覚っていうのかな
教わってないのになぜか染み付いてて、生活の中で当たり前になってることが文化圏が違うと別の意味合いになってたり、そういうのを文化感覚距離っていうらしい
 日本語で言うと怒った時は腹が煮えくり返るし、驚いたときは肝を冷やします。そういう言葉の表現やさりげない儀式から文化やそれに含まれる信仰を確かめることができるのでは、ということです。
沙耶
構造主義の言語学者って名前なんだっけ
あんだま
わかんぬ…(´・ω・`)
沙耶
ソシュールだ
言葉によって世界が区別されて認識になるみたいな
あんだま
シニフィアンとシニフィエ思い出した
沙耶
シニフィエ?
ソシュールが定義したって書いてあるね
あんだま
ソシュールだったのか
シニフィアンとは言葉、シニフィエは物体や概念そのもので、シニフィアンはシニフィエに割り当てられます。日本人からすればハツカネズミもドブネズミも同じネズミというシニフィアンですが、英語を使う人にマウスとラットが同じシニフィアンという認識はありません。brotherと兄、弟の関係を考えればイメージしやすいかもしれません。ソシュールはシニフィアンによって世界を区別することで物事を認識していると考えました。
 これからの課題としては、日本人は何を信仰しているのか考え、それを魔術に応用することです。そのために何気ない日本の文化を調べていくのは重要そうです。
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