物理学者が感覚について考えると?

 こんにちは、沙耶です。以前の記事で物理学の時間観について相対論以前相対論以降に分けて説明しました。実は相対論を提唱したアインシュタインはエルンスト・マッハという物理学者の哲学に影響を受けて相対性理論を考案しました。マッハと言えば、音速をマッハ1とする速さの単位が有名です。エルンスト・マッハは空気が音速を越えることでソニックブームが起こることを発見した物理学者です。しかしマッハは物理学者として物理学の研究をするだけではなく、物理学を哲学的に捉えて考える自然哲学者という一面もあります。今回はエルンスト・マッハの哲学を見ていきたいと思います。

物理学の思い込み

 水を入れたコップにまっすぐな鉛筆を入れたとします。これを上から見ると、鉛筆が水面を境に曲がっているように見えます。しかし鉛筆をコップから出すと、鉛筆はまっすぐに戻ります。これまでの物理学で光の屈折と呼ばれる現象です。空気中と水中では屈折率が異なるため、実際にはまっすぐな鉛筆も水中では空気中に比べて曲がっているように見えるのです。

 しかし、マッハはこの考え方を批判します。水中で曲がって見える鉛筆が「実際は」まっすぐであることをどうやって確かめたのか、という問題です。もちろんコップの中に指を入れて鉛筆を触れば鉛筆はまっすぐに感じますが、その事実を書くなら「視覚的に曲がっている」および「触覚的にまっすぐである」と言うべきだというのです。五感のうち触覚を「実際のことだ」として、視覚的なものは「実際のことではない」と言うのはただの思い込みだと言うことです。

物理学と心理学の関係

 まず物理学というのは、物と物の関係を研究する学問です。完全弾性のボールを静かに落とすと床とぶつかったときに落ちる速さと同じ速さで跳ね返します。これはボールという物と床という物の関係の物理学です。一方で心理学とは人と物との関係を研究する学問です。赤色を見ると興奮するというのは赤色の物と興奮する人の関係の心理学です。

 しかし、物理学の研究をするためには実験をしなければなりません。実験とは見て確認することで、「視覚的に」その物理法則が成り立つということを確認しているわけです。ところで視覚とは物体を人間が認識する方法の1つで、心理学的な関係が現れます。つまり、人間が研究する以上は物理学的関係には心理学的関係が伴ってしまうのです。これでは物理学だけでは物理学を研究することができません。なんとかして物理学の研究に心理学的関係を考慮する必要が出てきます

ここで、マッハは要素という言葉を持ち出します。物理学の対象である「物」や心理学の対象である「人」を全て含めた世界の構成要素という意味の要素ですが、それは感覚であると言います。要素は物理学および心理学的に関わりあっていて、物理学と心理学を分ける必要がありません。例えばボールを離すと地面に向かって落ち、そのときボールに反射した光が目に入ります。なのでボールを落とす瞬間に目を隠せば世界が黒くなってボールは消えてしまうということになります。見えてないだけで実際は落ちている、ということはありません。

マッハに見るパラレルワールド

 もしマッハの要素仮説に則るとすれば、見えていないパラレルワールドは存在しないことになります。しかし物理法則は心理法則と互いに依存するので、物理法則のみを観察すると、ある瞬間に物理法則が変わるため別の世界に飛んだように見えると考えられます。

 マッハは物理学と心理学を区別せずに全ての要素の関係を表す法則を探すべきだと考えました。これができれば人間が素朴に見ている世界を説明することができます。これは夢や催眠といった現象も含み、タイムリープの原理を知るために重要なものになる可能性もあると考えられます。

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